太田資正と

戦国武州大乱 

 実像と戦国史跡

  

         

太田資正と

戦国武州大乱


名将太田道灌の血を引く太田三楽斎資正(おおたさんらくさいすけまさ)は、さいたま市にある岩槻城で生まれました。父は太田美濃守資頼で、祖先に太田道灌、太田道真を持ちます。

主家を裏切った兄から岩槻城を引き継ぐと、資正は吉見の松山城と北本の石戸城を拠点に強敵小田原北条に挑みました。
資正のこの一連の戦いは「武州大乱」と呼ばれたのです。

資正は、岩槻城に50匹、武州松山城に50匹の犬を飼い、定期的に入れ替えました。
そして、小田原北条が攻めてきた際にはその城から犬を放したのです。逃げ帰ってきた犬を見た資正は、直ちに援軍を送り城を守りました。
「三楽犬の入れ替え」として有名なエピソードです。


お知らせ


2022年(令和4年)は、
大田資正生誕500年にあたります。

「岩付城主太田資正公500年記念祭」

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